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最高裁判所第二小法廷 昭和54年(オ)225号 判決

上告人

大森久雄

右訴訟代理人

後藤一善

被上告人

韓長淑

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人後藤一善の上告理由について

一本件について原審が認定した事実関係は、およそ次のとおりである。

(一)  被上告人は、昭和五〇年九月三〇日、訴外株式会社音響機械製作所に対し、一八〇〇万円を弁済期日を昭和五一年二月一二日と定めて貸し付けたが、その際、訴外横川正雄との間で、右貸金債権を担保するため、同訴外人所有の本件土地建物につき債権極度額を一八〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結するとともに、右弁済期日に債務を弁済しないときは、その弁済に代えて本件土地建物の所有権を被上告人に移転する旨の代物弁済予約を締結し、昭和五〇年一〇月二日、本件土地建物につき右根抵当権設定の登記を受けるとともに、右代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。

(二)  ところで、音響機械製作所は、昭和五一年一月二〇日ころ倒産し、期限に右債務の弁済をしなかつたので、被上告人は、同年五月八日、横川正雄に対し前記貸金債権一八〇〇万円のうち三〇〇万円の代物弁済として本件土地建物の所有権を取得する旨の代物弁済予約完結の意思表示をした。

(三)  他方、横川正雄は、昭和五〇年秋ないし一二月ころ、訴外成安物産株式会社から一〇〇万円を借り受けたが、その際、同会社との間で同会社の右貸金債権を担保するため、本件土地建物につき債権極度額を一〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結するとともに、右債務を期限に弁済しないときは、本件土地建物につき期間満三年、賃料月額八〇〇〇円、譲渡、転貸のできる特約付の賃借権を設定する旨の停止条件付賃貸借契約を締結した。そして、同会社は、昭和五一年一月二〇日、本件土地建物につき右根抵当権設定の仮登記を経由するとともに、停止条件付賃借権設定の仮登記を経由した。

(四)上告人は、昭和五一年二月ころ、成安物産株式会社に対し一〇〇万円の債権を有していたところから、同月七日、同会社から、同会社が横川正雄に対して有していた前記の根抵当権と停止条件付賃借権を譲り受け、同月九日、右賃借権移転につき附記登記を経由した。なお、右停止条件付賃借権は、本件土地建物の使用収益を主眼として設定されたものではない。

右の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、すべて肯認することができ、原審の右認定の過程に所論の違法があるとは認められない。

二右事実関係によれば、本件代物弁済予約は、ひつきよう、被上告人の音響機械製作所に対する貸金債権を担保することを目的とする仮登記担保契約にほかならないと解されるところ、このような代物弁済予約のされている不動産につき、第三者が右仮登記におくれて民法六〇二条に定める期間を超えないいわゆる短期賃借権の設定を受けてその旨の登記または引渡を了した場合、民法三九五条の規定を類推適用し、右短期賃借権者がその賃借権をもつて仮登記担保権者に対抗することができるかどうかについて検討するに、(1) 仮登記担保権者が担保目的実現のため仮登記に基づく本登記についての承諾及び目的不動産の引渡を求める場合には、右仮登記におくれて目的不動産につき賃借権の設定を受けた者などの利害関係者は、その権利をもつて仮登記担保権者に対抗することができないことが仮登記の順位保全の効力として定められているのであつて、仮登記の右効力になんらの制限が設けられていないこと、(2) 右の場合、仮登記担保権者と右不動産につき賃借権などの利用権を有する者との関係については、昭和五三年に制定された仮登記担保契約に関する法律(以下「仮登記担保法」という。)においても、これを調整するような措置はなんら講じられていないのであつて、むしろ仮登記担保法は民法三九五条の規定の準用を否定する立場をとつており、仮登記担保法の施行前においても同様に解するのが相当であること、(3) もし右不動産に対する利害関係者のうち短期賃借権者がその賃借権をもつて仮登記担保権者に対抗することができるものとするときは、現行不動産登記法のもとでは、仮登記担保権者が仮登記に基づいて所有権移転の本登記をすることができなくなるという不合理な結果を生ずるのを免れないこと、などの諸点を勘案すると、民法三九五条の規定は、仮登記担保権が実行され仮登記に基づく本登記がされた場合には類推適用されないものと解するのが相当であり、したがつて短期賃借権者は、その賃借権をもつて仮登記担保権者に対抗することができないものといわざるをえない。そうすると、これと同旨の見解に基づいて上告人はその短期賃借権をもつて被上告人に対抗することができないとした原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、いずれも採用することができない。よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(栗本一夫 木下忠良 鹽野宜慶 宮﨑梧一)

上告代理人後藤一善の上告理由

一、原判決は法令の適用を誤まつた違背がある。

訴外横川正雄は、訴外成安物産(株)から昭和五〇年一〇月三〇日金一〇〇万円を、弁済期は同年一一月三〇日の約定で借受け右同日その支払を担保するため訴外横川正雄所有の本件土地建物に根抵当権を設定し、且つ貸金債務の不履行を停止条件として、期間満三年、譲渡、転貸のできる特約付賃借権を設定する旨の停止条件付賃貸借契約を締結したところ、右横川正雄は、右債務の履行をしなかつたので、右停止条件は成就し訴外成安物産(株)は本件土地建物につき右賃貸借を取得し、同五〇年一二月一日付右停止条件付賃借権設定の仮登記をなしたのであるところ、上告人は同五一年二月七日右成安物産(株)から右根抵当権及び賃借権をその後担保債権と共に譲受け付記登記し、その賃借権は期間同五〇年一一月三〇日から同五三年一一月二九日までの三年間、賃料は、建物につき月金五〇〇〇円、土地につき月金三〇〇〇円であり、この賃借権に基づいて上告人は本件建物を占有しているのであつて、この賃借権は被上告人の代物弁済予約の仮登記の後に設定されたものであるが、いわゆる存続期間満三年の短期賃貸借であり、且つ昭和五三年一〇月二六日本件賃貸借契約を更新請求する旨の意思表示をなしたので、期間は昭和五三年一一月三〇日から三年間と更新されているものであるから民法三九五条の類推適用により上告人は右賃借権をもつて仮登記担保権者である被上告人に対抗することができる旨の主張に対し控訴審は原審と同じように、抵当権と共に設定された停止条件付賃借権又は無条件の賃借権は特段の事情のない限り、その後の第三者の短期賃借権の取得を牽制すると共に、現実に第三者が登記などの対抗要件を備えた短期賃借権を取得した場合には民法三九五条但書の解除等の手続きをとることなく簡便に右短期賃借権を排除し、それにより抵当不動産の担保価値の確保をはかることを目的とするものであつて、目的不動産の使用収益をする権能を有するものではなく、これについて民法三九五条の適用の余地はない。

これを本件についてみるに、訴外成安物産(株)が本件土地建物につき訴外横川正雄から設定を受けた前記停止条件付賃借権は根抵当権と併用されて設定されたものであつて、しかも右賃借権は根抵当債務の不履行を停止条件とするものであることは前記認定から明らかであり、且つ右賃借権が本件土地建物の使用収益を主眼として設定されたなどの特段の事情については何らの主張立証があると認めるに足りる証拠はないから、右停止条件付賃借権はこれと同時に設定された前記根抵当権の把握した担保価値を確保するために設定されたものであつて、本件建物を使用収益する権能を有せず、民法三九五条の適用はないから、上告人は被上告人に占有権原ありと対抗し主張し得ないものである。

又、上告人の本件賃借権は専ら使用収益を目的として譲受けたものであると主張するが、この点についても担保目的をもつて制限された賃借権をその制限のない賃借権とするについては担保設定者(賃貸人)の承諾が必要であり、本件につき同設定者たる横川正雄の承諾を認めるに足りる証拠はない。

のみならず、仮登記担保権は純然たる担保権ではなく、その所有権的構成を全く否定し去ることはできない、

上告人は成安物産(株)から本件土地建物を転借したとも主張するけれども、その転借権についてその基本賃借権の担保目的による制限の効果を免れることはできないとして上告人の主張を排斥したのである。

しかしながら本件の如く被上告人は抵当権と代物弁済予約とが併設し、結局後者より所有権取得の道を選んだような場合、民法三九五条の類推適用を認めるべきである。

上告人の賃借権はいわゆる短期賃貸借であり、これが抵当権について保護されていることはいうまでもないが、そもそも抵当権といい、代物弁済といい、何れもこれらを取得原因として抵当権の実行、若しくは代物弁済により物件に対する所有権を承継取得するに至るが、その物件に設定してある賃借権者に対する関係について観察するのに、それが短期であることが明白である場合殊更抵当権である場合と代物弁済である場合とを区別してそれに差等を設くべき格別な理由を見出し得ない。

抵当権が債権に対する物的担保による債権回収に役立つと同様、代物弁済によつて債権を取立てその満足を得るものであり、債権回収という面から見て両者共同一の目的を有するものであり、抵当権の実行による弁済や配当などの手続きが存すると同様に、代物弁済についても清算手続きを行わなければならないもので、両者共法的効果は全く同一であると評価すべきであつて、最近の債権者が用いている債権回収の方法は、抵当権に対しての短期賃貸借の保護を免れようとして殆んど例外なく債権者は抵当権の代りに代物弁済予約並びに短期賃借権を設定しているのが実情であつて、後者の場合、短期賃借権者が法的に保護を受けないということになると短期賃貸借保護の規定は空文化する虞れが存する。

なかんずく短期賃貸借そのものに悪意がなく、正当な権利であり、且つそれが短期である限りそれを保護することによつて著しく代物弁済による所有権取得者の権利を阻害することがない限りこれを認めることが所有権者と賃借権者との権利の均衡から考えて妥当というべきである。

尚、控訴審は上告人が当該不動産の使用収益自体を主眼としたという特別事情が見当らないというが、上告人は抵当権と共に賃借権を譲受けてはいるが、金一〇〇万円の抵当債権は本件物件のための保証金、若しくは敷金の性質を有するもので賃貸に無関係な純然たる金銭消費貸借ではないのであつて、上告人はこの保証金の回収を目的としたものではなく、本件家屋を自己の賃借家屋として住居に使用することを主眼とし、上告人は家族と共に居住しているもので、上告人の住居としては本件家屋以外には全然存しないのである。

上告人が本件賃借権を取得したのは、住居として本件建物を利用することのみであり、本件物件の使用収益自体を主目的としていることは明らかであるというべきであるのに、控訴審がかかる目的を認めることができないとしたことは法令の適用を誤つたものというべきである。

尚、本件賃貸借権は昭和五〇年一二月一一日より同五三年一二月一〇日までのものであるが、借地借家法の適用により、期日到来と共に期間を更新し、更に同五三年一二月一〇日より同五六年一二月九日まで期間の延長されたもので、被上告人に更新を拒絶する正当な理由がない限り消滅しないものである。

更に控訴審は、上告人の使用収益を主目的とした短期賃借権であるとの主張に対して、それを認められない理由とし、元来担保目的をもつて制限された賃借権であるものを制限のない賃借権とするには賃貸人横川の承諾が必要であるというが、これは誤りである。

即ち、訴外成安物産(株)が訴外横川に貸与した一〇〇万円は、賃借権の敷金、若しくは保証金として差入れたものであり、賃貸借に無関係な単純な金銭消費貸借ではなく、勿論物的担保によるこの金の回収を目的としたものにあらず、この貸与金はあくまでも通常の賃貸借に必然的な保証金であつて、賃借人の賃料等の債務不履行により清算される性質のものであり、そのことは訴外横川が保証金である前記一〇〇万円を受取つた時から知悉しており、賃借権そのものは設定の当初から何ら制限のない性質のものであつたわけで、設定後殊更それが性質を変更するに由のないものであり、併設された担保権はさして意味のないものであつて、それが譲渡を受けた上告人に於てもこれを十分理解していたものである。

従つて本件賃借権は担保権により何ら制限を受けない性質のものであるということができる。(丙第四号証の特約条項に保証金一〇〇万円と明記してある)

上告人が譲受けた賃借権はかかる制限のないものであつて、譲受けの当初から本件土地家屋を上告人をはじめ、家族の生活の根拠として居住場所に利用し今日に至つているものである。

上告人が訴外成安物産(株)から譲受けた根抵当権について登記せず、その権利を放棄したことは上告人が譲受けの賃借権が制限のないものであることを如実に物語つているといわなければならない。

又その権利放棄は賃貸人に対する関係ではむしろ賃貸人にとつて有利というべく、放棄するについてその承諾を得なければならない性質のものではなく、全くその必要もなかつたものである。

尚、上告人が訴外成安物産(株)から本件土地建物を転借したことについての資料がないというが、これはだ足であり、もともと訴外成安物産が賃貸人横川と賃貸借契約を締結したとき賃貸人横川は自筆の委任状により賃借人成安物産に対し特約条項として本件賃借権について譲渡転貸ができると定めており、訴外成安物産はその趣旨に則り上告人に本件賃借権を転貸したもので上告人の証言や丙第四、五号証等によつてそのことは余りにも明白と言わなければならず、この点においても判断を誤つているといわなければならない。

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